著名人を生んだ土地で科学の魅力を伝えたい

suetomo末友 靖隆 さん
2006(平成18)年 兵庫県神戸市からIターン

(取材年月日 2013(平成25)年2月19日)


▼ UJIターンをする前は何をされていましたか?
大学院博士課程に属し、微小生物が持つ特殊な運動機能の解明を目指し、日々励んでおりました。

▼ UJIターンを考え始めたきっかけは何ですか?
約8年前に『ミクロ生物館』の立ち上げに係わる専門職員の全国公募の案内を知ったことがきっかけとなりました。
学生時代にアルバイトや非常勤職を通じて、“人を育てる”仕事の素晴らしさを知り、理科離れが社会問題になるほど深刻とされる現在の日本において、微小生物を通じて地域の子供達や市民の皆様に科学の魅力や生命の尊さを伝えることができ、学術普及と研究機能を併せ持つ同施設に大きな可能性と魅力を感じ、一念発起、応募することにいたしました。また、同施設が“世界初”の微小生物に特化し、市民と研究者の橋渡し役としての機能を併せ持つ施設であることも、大きな動機となりました。

▼ この地区を選んだ理由は何ですか?
岩国は豊かな山、川、海に囲まれた、全国的にも特に自然豊かな土地であり、気候も温暖で、微小生物や科学、生物学の魅力を伝えることに大変適した地域であると感じたことが理由の一つです。また、岩国市は広中平祐博士(フィールズ賞受賞)、故 藤岡市助博士(日本のエジソン)に代表される、科学・数学分野で著名な先生を多く輩出されている土地で、科学の魅力を子供達に伝え、育てることに適した地域であると確信を持てたことも決め手となりました。

▼ 家族から意見などはありましたか?
大学や実家のある関西地方から離れた土地であるため、家族は初め、「何故、岩国なのか」と驚いていましたが、前述の動機や理由を告げると納得してくれました。また、山口県は母方のかつての故郷でもあり、全く無縁の土地でないこともプラスに働きました。

▼ UJIターンをしてみて現在の暮らしはどうですか?
知人も友人も全くいない状態からスタートでしたので、正直なところ不安な気持ちもありましたが、ミクロ生物館の設営や運営に関わった方々をはじめ、地元の皆様に温かく迎えていただき、また、全力でサポートをしていただき、おかげさまで今は日々確かな手応えを感じながら暮らせております。地域の皆様に教育や観光面で恩返しすべく、プライベート返上で日々励んでおります。今後の目標としては、仕事の質を高めることで自由な時間を増やし、地域行事に参加できる機会を増やしていきたいと考えております。

▼ 現在の生活に慣れるまでの苦労話、失敗談等があればお聞かせください。
職員として配属されてからの数年間は、世界で前例のないミクロ生物館を一人前の設備として軌道に乗せていくための活動と、業務後や休日を利用した大学院の博士論文執筆に向けた研究活動の両立のため、休みの度に岩国と関西にある大学間を往復するなど、寝る間もお金も無い状態が続き、自分のためではありますが、苦労が絶えませんでした。何とか成し遂げることができたのは、温かい地域の皆様と、当時の同僚のおかげです。本当に有り難うございました。
また、就任してから開館までわずか3ケ月しか無く、開館直後は多数のメディアに採り上げていただいたにもかかわらず、期待にそえない点が散見する状態であったことは、猛省すべき事案として、今も強く胸の内に抱いております。その後の数年で、単なる展示施設ではない、“小粒でもぴりりと辛い”施設に育て上げることができたのは、来館いただいた市民の皆様や、全国の有識者からいただいた貴重なご意見、ご要望、全国の研究者や教育関係者、地方自治体職員の皆様によるご支援の賜物です。心より感謝申し上げます。

▼ 地域との関りについて(地域行事への参加状況等)をお聞かせください。
市民の皆様、地域の子供達に科学の魅力や生命の大切さを感じ取っていただくべく行っている展示、教材開発、地域企業や個人、官公庁、学校等との共同研究・教育活動に加え、小・中・高等学校や公民館、子供会等への出張講義や、誰でも参加できる各種体験学習イベントを年間50~100回程度開催しております。
例えば、市内外の小・中学校には、学校の授業内容に沿った講義や科学の魅力を伝える課外学習、水辺の教室、文化祭のお手伝いなどを、高校では、国などの支援を受けた理系学生育成
(科学的な思考、研究手法を養う)プログラムなどの実施を、それぞれ行っており、これらの依頼は、市内はもちろん、周辺の市町や広島、福岡などの近隣県、ときには東京や大阪、名古屋、鹿児島など、全国各地からいただくこともあります。
また、市内の中学生を対象にした職業体験、ボランティア生の受入れも通年を通して実施しており、理系の仕事に興味をもつ子供達にさまざまな経験を提供しています。
さらに、夏休みシーズンを中心に、市内はもちろんのこと、全国各地の小・中・高校生がミクロ生物館にてハイレベルな自由研究を行い、その研究支援を毎年行っています。
加えて、微小生物の学習や調査に活かせる図鑑「日本の海産プランクトン図鑑」(共立出版)
や「ずかんプランクン」(技術評論社)の執筆に、出版に携わり、全国の学校や漁協等でご活用いただいております(これらは共に学校指定図書に採択されました)。
これらの活動を経験した当時の中学生や高校生が現在では大学生や社会人となり、生物学や農業、薬学、医学等の分野で活躍しているという報告や、ミクロ生物館での経験が役立っているという報告や手紙やメールを受け取ることも多く、大変嬉しい限りです。これらは私自身の
当館での活動における、大きな原動力にもなっています。

▼ 今後の計画や、挑戦してみたいことがあればお願いします。
年々加速の一途を辿る少子・高齢化が10年、20年後の地域経済に影響を与えることは避けられないと言われています。岩国市は錦帯橋や豊かな自然に抱かれた魅力溢れる地域ですが、他地域には無い、“岩国だけが持つ魅力”を増やし、“この地域で子育てをしたい”と市内外の若い方に思っていただけるような地域にしていくことが、10年、20年先も元気な岩国市で有り続けるために欠かせないことであると私は考えております。
岩国市を教育や産業、観光面で更に魅力的な地域とすべく、今は微力ではありますが、当館での活動を通じて、第二の故郷である岩国市のために少しでもお役に立てるよう、これからも世界初で唯一のミクロ生物館を地域に根ざした施設に育て上げたいと考えております。
特に、産業への応用が期待される研究面において、微小生物は大きな可能性を秘めています。なにぶん小さな生物ですので、その存在すらなかなか気づかれにくいところはございますが、【微小生物とは】で述べましたように、これまでも、そしてこれからも、様々な分野での応用が期待されています。この可能性に気付き、活動されている市内外の企業、官公庁、個人の方々との連携や共同研究は既に何年も行っておりますが、今後さらに岩国市内の農業、林業、漁業、環境関連で活躍される市民の皆様に微小生物が持つ可能性を伝え、支援・協力できる施設に昇華させられるよう、励みたいと考えております。

▼ UJIターンを考えている方へ一言お願いします。
岩国市は錦帯橋や錦川に代表される、環境に恵まれた風光明媚な土地で、中国地方の中心都市である広島市にも数十分でアクセスできる好立地です。温泉地や海水浴場、広大な運動公園など、レクリエーション施設も充実しています。加えて、地域の方々は人情味に溢れ、郷土を愛し、地域の発展のために喜んで支援してくださる方が殆どで、これまで生活から仕事まで、幅広くサポートしていただき、おかげさまで、今はすっかり地域に馴染むことができました。これからは、私も岩国市民の一人として、今後新たにUJIターンされる方に対し、自分の現在携わっている“微小生物”が持つ可能性を通して全力でお手伝いしたいと思っております。皆様とともにお仕事ができる日を心待ちにしております。

【微小生物とは】
からだの大きさが髪の毛の太さほどしか無いものが多く、肉眼では殆どその存在を確認できないため、普段の生活ではその存在を意識することもまずありませんが、実は多くの微小生物が、我々の生活と密接に係わり合っています。
形態や生態は他種多様で、ゾウリムシ、ミドリムシ、夜光虫など、教科書やテレビ、新聞等でおなじみの生物から、ほんの一握りの専門家しか知らない生物まで、実に数万にのぼる微小生物が、山、川、田、海、牛の胃のなかなど、地球上のあらゆる場所に生息しています。
また、微小生物は、私たちが豊かな暮らしを営むために欠かせない存在でもあります。生活面では水の浄化や食糧の元として、医学の分野では老化の仕組みの解明や難病治療の解明に、さらに工学や産業の分野では、栄養バランスに優れた食品の開発や工業製品の材料開発、化石燃料の代替品など、様々な分野で私たちの暮らしを支えているのです。

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